意地になるということ

今日の夜から大雨になるとのことで、こりゃあ気圧も下がり方向で魚も釣れるだろうという目論見もあり管釣りへ行ってみた。

釣り始めて違和感に気が付く...
何のルアーにも釣り方にも反応しない。
小一時間いろんな事を試しつつ、頑張っても釣れない。

一時間後やっとブラウンがヒットしてくれたけど足元でバラす。..._| ̄|○
どちらかというと、正直「釣った」んではなく「釣れた」って感じ。
これでは釣りバカな俺は納得できないわけで。

二時間すると多少のバイトは取れるようになった。
コツコツ...とかコンっ!とか...
でも乗らない。
これだけ長い時間バイトがないと巻き掛けするタイミングも取れなくなっていた。

結局、三時間やって3回ほど掛けに成功もランディングには至らず、途中でフックは折られるはジャンプで外されるは。
気づけばボウズですが...BOWZzzzzz

釣れない時は場所を移動するとかプラグにすれば釣れることは判っている。
だけどね、それじゃあ俺は面白くない。
たとえ管釣りと言えども自分の戦略で釣れた魚が一匹が嬉しいのであり、数や大きさではないんだよね。
狙い通りに魚を釣って、その結果が大物であったり爆釣であるならもっと嬉しいというレベル。
なぜ釣れない判っていて場所を移動しないの?と場長(師匠)に言われたのだけど、釣れない魚をあの手この手で釣りたいからと答えた。
釣り方は釣り人の数だけあって、いろんな釣りがあるんだという師匠の考え方に合っているかどうか判らないけど、そんな気持ちはなんとなく判ってもらえたかな。

釣りだけではなくいろんな事でも(仕事だとか人間関係とか)意地になると良い結果にならないことが多い。
釣りでは自分の釣りを押し通すのではなく、魚の方にアジャストしていかないとなかなか難しい。
でも一度くらいは意地になってやらないと、それ(釣れないということ)が判らないんじゃないかと思う。

今日はあまりにも釣れないんでいろんなことを試した。
それは「こうして結果が出ないから、今度はこうして...ダメだから、じゃぁーあーして...」という足し算が通用しないなと感じたから。
どちらかというと掛け算みたいな釣りをしてみた。
今までの自分の釣り方(セオリーって言うの?)を敢えて、ぐちゃぐちゃにしてある意味「賭け」のような釣り。
そうすることによって、今日は掛け算かもしれないけど明日は足し算(ノウハウ)になるんじゃないかと...
それで結果で出ても出なくても足し算(ノウハウ)になる...とポジティブに捉えて...
結果が出なけりゃ「こういう時はあの方法はダメだな」と判るし、結果が出れば「こういう時は前にこんな方法で釣れたな」と引き出しが増える...というように。

それでも釣れないと寂しいものだけど。
それを癒してくれたのは...ツチノコでした。

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